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「死にたい」は、「生きたい」訪問看護・圧迫骨折編


日々、看護師をしていると、患者様から「もう、死にたいわ」という言葉を聞きます。
そんな時は、意見せず、私の思いはぐっとこらえて、会話を進めます。

細かい理由はさまざまですが、共通することは、「死にたい」という言葉の前に、「こんなことなら」が付くこと。
「こんなことなら、死にたい」
私には、「もっと、生きたい」に聞こえます。

私たちは、その「こんなこと」が何かを聞き取り、
それを解決できるように、日々看護を行っています。
解決方法もさまざまです。

ある人は、治療が進めば解決します。
ある人は、それを受け入れることで解決します。
ある人は、時間がたてば解決します。
ある人は、いろんな力を借りれば解決します。

でも、どうしても解決しないときがあります。
治療が進まないとき、受け入れることができないとき、時間がたっても解決しないとき、いろんな人の力を借りることができないとき。
でも、「死にたい」と口に出せれば、半分は解決です。
だって、それは「生きたい」へ続くアクションだと思うからです。

3ヶ月前、腰椎圧迫骨折してベッド上でそう言っていた女性。
今は、やっと歩行器で笑顔です。
もう一息。
この3ヶ月、彼女はどんな思いで過ごしてこられたでしょう。
激痛と、やり場のない情けなさと後悔と、コロナ騒動で家族に会えない寂しさと。怒ったり、泣いたり、笑ったり。青い鳥

「死にたい」と言われても、それは「生きたい」という叫び声です。