スタッフ紹介

院長紹介

千里ペインクリニック 院長 松永 美佳子

千里ペインクリニック
院長松永 美佳子

資格
  • 日本麻酔科学会専門医
  • 日本ペインクリニック学会専門医

あなたの痛みを一緒に考えること…私たちはそこから始めたいと思います。私たちは、あなたの痛みを全力でサポートします。

現在、日本人の3人に1人が腰痛持ち、2人に1人が癌になる時代になりました。そして、世界一の長寿国になった日本は、長生きできる幸せと同時に、人生の質を考えなければならなくなりました。

どこに痛みがあってもつらいものです。日本人は我慢強い気質を持っており、昔から我慢することは美徳と思われていました。つい最近まで、病院でも痛みは我慢するものとして治療の対象にはなりませんでした。

医学部を卒業後、麻酔科医として手術場や集中治療室で最先端の医療に触れてきましたが、病院では高度な医療が発達し、どこまでも延命治療を行っていく一方で、「痛みに対する治療」は十分なものではありませんでした。

痛みを抱えた方はたくさんおられましたが、麻酔科外来を訪れる患者様は少数で、「ペインクリニックってなにをするところ?」と皆が思っていました。

また、がんを抱えて退院される方は、家に帰っても通院が大変だったり、自宅でつらい思いを抱えて生活されている方が多数おられました。

痛みは「我慢しないといけないもの」と思われていませんか?

高齢に伴う慢性の痛みを軽減することは、行動範囲も広がり健康的な生活が可能となります。手術後の痛みをしっかり取ることは、早期離床を促し合併症の予防にもつながります。また、緩和ケアを早くから受けることは、抗がん剤と同じくらい延命効果があることがわかってきました。

痛みのない生活は最期まで自分らしく生きることにつながり、生活の質が上がります。「痛みをとって自分らしく生きる」ことは、生きていく上で最も大切なことだと思います。

略歴
平成3年 大阪大学医学部卒業
平成4年 大阪府立千里救命救急センター勤務
平成5年 箕面市立病院麻酔科勤務
平成6年 大阪大学医学部付属病院集中治療室勤務
平成7年 大阪大学付属部麻酔科勤務
平成8年 阪南中央病院麻酔科勤務
平成11年 市立豊中病院麻酔科勤務
平成14年 大阪北ホームケアクリニック勤務
平成16年 NTT東日本関東病院ペインクリニック科研修
平成16年6月 千里ペインクリニック開院

スタッフ紹介

医者 (常勤医師 4人 、非常勤医師 1人)
  • 医師池永
    池永

    はじめまして、千里ペインクリニックの池永と申します。
    当院入職までは大学病院、総合病院、こども病院にて麻酔科医として勤務しておりました。一般の患者様の目線からしますと、麻酔科医とはどのような仕事をしているのか、あまり馴染みがないのが現状ではないかと思います。内科の先生ならば糖尿病や高血圧や風邪等々、お薬を使用して治療してるイメージがあるのではないでしょうか。外科の先生なら手術をしているというイメージがわくかと思いますが、麻酔科と言われると・・・手術の時の麻酔をしてくれる医師?と言ったイメージくらいしかわかないのではないでしょうか。手術時の麻酔をするのが、当然麻酔科医の仕事でありますが、手術麻酔における麻酔科医の仕事とは、手術を受けておられる患者様の全身の管理をさせていただくということになります。では、「手術中の全身の管理」とは具体的には何か・・・全身麻酔中は自分で呼吸が出来なくなる為に、人工呼吸器による呼吸管理が必要ですし、手術操作による痛みの刺激で血圧が上昇するので、鎮痛処置も必要となります。出血などで血圧が下がれば輸血や強心薬の投与などの循環管理が必要となりますし、手術中に目が覚めないようにする処置(鎮静)も必要となります。つまり手術中の全身管理と一言で言っても、呼吸器管理、循環管理、鎮痛管理、鎮静処置等々、様々な手技、技術が必要となります。全身麻酔の管理における一つの要素である「鎮痛処置」を専門とし、その技術に長けた医師が、ペインクリニックの専門医ということになります。
    鎮痛処置のための手技や技術は、なにも手術麻酔だけで発揮されるものではなく、むしろ痛みを生じる様々な疾患、すなわち外来に来られる痛みを持った患者様の診療に発揮されるべきものと考えます。では何故、麻酔科医の皆が外来診療で鎮痛処置を行わないのでしょうか?そんな処置なら、麻酔科医も内科の先生が外来で薬を処方するように、鎮痛処置を外来ですれば良いのに・・・と思いませんか?我々麻酔科医が行う鎮痛処置とは、一般に神経ブロックということになりますが、神経ブロックはとても有効な鎮痛手段の一つとなる反面、技術的に難しいこと、大きな合併症をひきおこす可能性があることも事実であります。外来業務で何十人という患者様に神経ブロックを安全かつ確実かつ迅速に行うことは容易なことではなく、かなりの修練が必要となります。また、万一合併症が生じたときも迅速対応できなければなりません。当院では最新鋭の装置を使用し、日々大勢の外来患者様の鎮痛処置に当たらせていただいております。患者様の痛みが、我々の鎮痛処置で少しでも改善すれば、大変喜ばしいことでございます。痛みが少しでも軽くなり、患者様の生活の質の向上に、微力ながらお役に立てればと考えておりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

    資格

    麻酔科専門医、ペインクリニック専門医

    趣味

    ランニング、空手、ラグビー

  • 医師西
    西

    はじめまして。千里ペインクリニックの西と申します。

    私は愛知医科大学医学部卒業後、長年麻酔科医として、手術に対する全身麻酔管理を基礎に、集中治療の場で全身管理、救急医療における急変患者への対応、神経ブロックによる「痛み」への外来治療(ペインクリニック)に従事してまいりました。
    麻酔科は常に病院の中央部門であり、内科系、外科系を問わず、あらゆる患者様の診療にあたります。専門分野にとらわれず、広い範囲で全身管理に携わって当院「千里ペインクリニック」では神経ブロックを中心とした外来でのペインクリニックを中心として、訪問緩和治療、当院併設のアマニカスではターミナルケアと、非常に幅広く、痛みに特化した治療を専門的に行っております。
    しかし痛みを取るということは言葉でいうほど簡単なものではありません。痛みとは患者様の身体的な痛みはもちろんありますが、それだけでなく、患者様本人がもともと持っている痛みに弱い気質等精神的な側面や、患者様の背景にある社会的な状況など、様々な事柄が複雑に絡み合って痛みとして表出されることが多いようです。このように何が原因で痛みとして表れているかを探し当てることは簡単なことではなく、何よりも一番大切なことは患者様と医者との信頼関係が成り立って初めて解決できる問題だと考えております。
    信頼関係を常に持つことを意識し、その上で今の患者様にとってブロック注射が必要なのか、お薬を飲んで頂くことが必要なのか、それとも気持ちの面で辛い思いをされているのか、患者様の普段生活されている日常に問題があるのか、ということを全体的に把握して一つ一つ問題を解決していくことが大切だと痛感しております。

    また、痛みを取ることによって出来るだけ日常生活のレベル(QOL)を高めることを目的とし、教科書的な医療ではなく、患者様の納得がいくまで話をして患者様個人個人の病態に合わせた医療に努めたいと思っております。
    今後はこれまでの経験を活かして、院長をはじめスタッフと共に、常に努力・研鑽を重ね患者様にとってわかりやすく・ていねい・安心して頂ける医療を提供してまいります。責任を持って皆様のご希望に応じていく考えでございます。
    今後ともよろしくお願いいたします。

    資格

    麻酔科専門医

    趣味

    サッカー

  • 医師野村
    野村

    はじめまして。千里ペインクリニックの野村といいます。

    私は、兵庫医科大学を卒業後、大学病院や市中病院などで主に、麻酔科として手術麻酔に従事しておりました。

    その中で感じたことですが、「痛み」というのは、血圧や脈拍と違って、数値で表しにくく、その場所・程度・原因も多岐にわたります。例えば、人それぞれ、性格や見た目が違うように、同じ「腰痛」や「頭痛」に悩む患者様でも誰一人、同じ痛みであることはありません。それにもかかわらず、「痛み」を抱える患者様に対して、多くの医療現場ではまだまだ詳しくその声に耳を傾けて、オーダーメイドの治療ができる環境はあまり整っておりません。その結果たださまざまな痛みに対して毎回毎回、同じ痛みどめを同じように使うだけ、という状況も少なくありません。

    確かに、全ての人の「痛み」を取り除き、ゼロにすることは現実的には難しいです。ただ、患者様それぞれに親身になってよりそい、個々に合わせた治療を出来る限り行う。そうやって、「痛み」とともに不安や心配も取り除き、QOL(生活の質)を改善することこそ、当院を頼って受診される患者様に対する、「痛み」の専門家である我々の役目であります。

     話は変わりますが、もともと私は幼少期から当院近辺である北摂地域で過ごしました。そして医師である父の影響をうけ、この職業につき約10年がたちます。これまでの人生において家族・友人はもとより、地元の地域の方々に見守られ、育てていただけたおかげで、今があると、思っております。今後は、自分自身が地域の皆様に少しでも恩返しできるように、「痛み」の専門家として患者様と真摯に向き合うこと。その結果、痛みに困っておられる方々が少しでも、明るく前向きな生活を送れるための手助けになれればと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします。

    資格

    麻酔科専門医

    趣味

    ゴルフ・サッカー・スキー

リハビリ担当
  • リハビリ担当亀山

    リハビリ担当の亀山です。

    当クリニックリハビリテーションでは医師との綿密な連携による治療を行っております。
    来院される患者様においては頸椎症、腰椎ヘルニア、狭窄症、すべり症、五十肩、膝関節痛、圧迫骨折、帯状疱疹(ヘルペス)、変形による痛み、又、あらゆる神経性の痛み、癌疼痛等様々な痛みでありますが、当理学療法としては電気療法(低周波、温熱療法)により筋繊維の深部まで通電し、血管を刺激拡張し、血液の流れを円滑にし、代謝機能を促進、治療後長時間治療感が継続し、急性・慢性の痛みに著しい効果を発揮します。
    また、神経障害に基因する筋麻痺に対して神経・筋を刺激するために神経痛、筋肉痛、筋痙攣に対しても鎮痛鎮静の効果をもたらします。マッサージ療法においては局所の血液リンパ液の循環を促して病的産物の吸収排除を助け、皮膚の知覚神経の興奮性を低下させて疼痛を緩和し、皮膚・筋膜・腱・腱鞘・関節包相互間の癒着を剥離し、筋肉の痛みを緩和します。又、運動療法(機能訓練)においては、規則的な身体の運動によって変形矯正、関節機能回復(関節可動性ROMの増大)筋力増強、筋協調運動の習熟、耐久力の増進、運動速度の増大などを計ります。
    骨折患者における関節不動性や筋力の回復、脊髄損傷患者における麻痺肢の機能回復等、機能障害の状態に応じて他動運動から始めて自動介助運動、自動運動、抵抗運動と順を進めて訓練を進めて行きます。また四肢各関節の運動に次いで、さらに体幹の運動、すなわち頭のコントロール、寝返り、這うこと、起き上がり、座ること、膝立ち、膝歩き、立ち上がり、立位保持、歩行、階段及び斜面昇降などの訓練を行っております。
    これらのリハビリを行うことにより、関節拘縮、筋硬縮、筋麻痺、筋委縮、神経性の痛みも改善されております。尚、我々スタッフは患者様の痛み無き笑顔がもどる様、邁進していきたいと努力いたします。

看護師  (常勤看護師4人  非常勤看護師 12人 助手 7人)
  • 師長 村岡

    看護師の村岡です。

    「小さいころから看護師になりたくて」という夢などはなかった私ですが、就いた職業が看護師でした。この仕事をし始めて長くなりますが、その間結婚、出産、育児と人生とともに看護師としての自分がいました。女性の職業として継続するということは、簡単ではありませんでした。常勤でいると必ず夜勤、日曜勤務があります。寝ている子を抱っこして夜中に預けに行くことや、日曜日の勤務など誰も見てくれるものがいない時、幼い子供にお留守番を言い聞かせて出かけたり、子供が熱を出した時にお休みをお願いするのが言い出せなかったりと子育てしながら仕事を続けることが大変でした。子供にさみしい思いまでさせて仕事を続けるのかという葛藤もありました。短時間のパート勤務も経験したりしましたが物足りなさを感じながら、「子供のため・・・」と思い仕事をしていた時もあります。いずれ子供が大きくなれば、時間は十分あると自分に言い聞かせながら。そんなにしてまでなぜ仕事を続けたのだろう・・・自分でもはっきりした理由は分かりませんが、「仕事=人生」なのでしょう。

    大病院から個人病院、常勤、パート勤務といろんな環境、条件で働きましたが、看護師の仕事が嫌になったことはありません。どんどん新しい発見や経験を積み重ねることで自分にも自信がついてきたように思います。千里ペインクリニックには緩和ケア、在宅ホスピスをやりたいという看護師が来ますが、私は、緩和ケアとは全く無知で興味もないものでした。ただ自分の働く環境、条件に合っていたから就職しました。働く中で、思っていた緩和ケアとは違うと辞めていく看護師も多くいましたが、家庭と仕事を両立する大変さはありましたが、最初から自分の思う「緩和ケア」というものがなかった分、辞めたいと思うことはありませんでした。むしろ緩和ケアには看護師の役割が大きいこと、自分自身の経験した看護が十分生かされること、また自分自身の看護観、死生観を日々考える機会があることに充実感を持って仕事ができています。

    いずれ子供は成長し独り立ちしていきます。そのあと残った自分の人生をいかに楽しく生きるか・・・今の自分は「看護」だけではなく「働く意欲を持つ看護師」「女性が働き続けられる環境」「がん患者の現状」色々なことを考える機会が多くあります。「日々人は成長する」ということもこの仕事をして教わったことです。私も最期まで日々成長していきたいと思います。

    趣味

    子育て

  • 看護師小西

    看護師の小西です。

    「次は男や。産みなはれ!」

    同居の祖母の一言で、私はこの世に生を受けることができました。
    長女、次女と女ばかり生まれてきていたので、母親は、三人目の私を産むことを迷っていたそうです。そんな時、祖母がよく当たるという八卦にみてもらったそうです。しかし、私は母親のおなかの中に、大きな忘れ物をしてきてしまいました。

    そんなわけで(?)、私は忘れ物が絶えません。決して自慢できることではありませんが、人生の半分は探し物をしていると言ってもいいくらい、私はいつも何かを探しています。小さい探し物は、「さっきまでここにあった、私のボールペン」。少し大きくなって、「白馬に乗った王子様」。最大の探し物は、「私の歩む道」。人生半ばを過ぎても、まだまだ探し物は続きます。

    私が看護師を目指すきっかけになったのは、はっきりとはしていないのですが、幼少のころからの夢だったように思います。私が小学校3年の時、私に生を受けさせてくれた恩人の祖母が、子宮がんで亡くなりました。家で看取りましたが、「子供は入ってはいけません」と祖母の部屋に入ることを止められた時間がありました。子供心に、その時部屋の中で行われていることにとても興味がありました。興味というより、何か手伝いたいといった思いが強かったのですが、なかなか思いは通じませんでした。そのころから、看護婦さんになることを心のどこかに持ち始めたのだと思います。高校3年の夏、看護婦になりたいと両親に話すと、父親から猛反対を受けました。当時、気弱だった私は、父親に反抗することもなく別の道に進みました。しかし、私が21歳の時、父が他界しました。まだ学生だった私は、大学を辞め看護学校に編入しようと考えましたが、「一つのことを最後までできない奴に、看護婦は務まらん」と父に言われたような気がして、大学はなんとか卒業しましたが、私にとっては人生で一番真剣に探し物をし続けた年月だったように思います。

    社会に出て10年間、やはり探し物は見つからず、近鉄バッファローズの追っかけを始め、仕事が終れば藤井寺、休みの日は北は所沢、南は北九州、夜行バスに揺られ、一人で旗を振っていました。また、中型のバイクの免許を取り、いろんなところへ行きました。そんなある日、このまま一人で生きていくのなら、もっと自分のしたいことしようと昔の看護婦さんの夢が、ふつふつと沸いてきたのです。

    今、私は千里ペインクリニックで、あの時できなかったあの部屋でのお手伝いをしながら、「その方」らしい暮らしを応援できることに、やりがいと喜びを感じています。まだまだ探し物はいっぱいあります。忙しいですが、充実した毎日です。

    資格

    薬剤師

    趣味

    仕事

  • 看護師喜下

    看護師の喜下です。

    以前は総合病院に勤めておりました。ガン患者さんの多い病棟で、「帰りたいけど帰る自信がない。退院したら医者に見捨てられる」と思いを抱きながら辛い入院生活を送っておられる患者さんに多く出会いました。そんな患者さんを自宅でも安心して、医療を受けられる看護がしたいと思うようになりました。
    そんな時に千里ペインクリニックを知り入職し、ここにきて初めて訪問看護をするようになりました。当初は病院との違い、責任感の重さに右も左もわかりませんでしたが、かれこれ3年たち、まだまだ先輩方に聞きながらですが、やっと自分で考え行動できるまでなりました。

    実際患者さんの自宅に行き、気付いたことはたくさんあります。病院内では医療者が主体となって患者さんはいつも受け身ですが、自宅では逆です。患者さんが主体となり、患者さんの生きがいや今までの生活を大事に看護していきます。患者さんの家族も病院では脇役になってしまいますが、ここではご家族の意見もとても大事にしています。

    昨今医療も進み、さまざまな治療があり、費用も保険適応内から自費まで幅広くあり、選択肢が多くあります。どんな選択肢を選んでも、患者さんの生活はベースにあるものだと思っております。その生活を痛みなく、安楽に、少しでも笑顔の多い日々が送れるように支えていけたらと思い患者さんと接しています。主に訪問看護とアマニカスを担当していることが多いですが、時々外来も担当しております。まだまだ、わからないことも多いですが、毎日が勉強だと思い日々励んでおります。よろしくお願いします

    趣味

    海外旅行、夢は国際結婚

  • 看護師橋本

    看護師の橋本です。

    私が看護師を志したのは、中学生になったばかりの頃でした。

    私の大好きな祖母が終末期の癌で入院していた時の看護師に出会ったのがきっかけです。
    ある日、同じ病棟の患者さんがなくなられたのを知った祖母は、「私は死にたくない。まだまだ生きたい」という思いから看護師に自分を清める塩をくださいと頼みました。

    しかし、その看護師からは「塩はないし部屋が汚れるのでだめです」と言われました。ところが、その後、そのやりとりを聞いていた別の看護師がこそっと「この塩を使って下さい」とテッシュに包まれた塩を祖母に手渡ししてくれたのです。

    私はその時その看護師の行動にとても心を打たれました。祖母のおもいをとても理解し支えてくれていること、私たち家族にも希望を与えてくれたこと、とても感激しました。当時、中学生だった私は、私もこのような看護師になってたくさんの人を支えたいと思ったのがはじまりでした。

    私は今、主に外来を担当しています。人と話したり関わるのがとても好きです。来院される患者さんやご家族は多かれ少なかれ不安や精神的、身体的痛みを抱えておられます。私が心をこめた応対をすることで少しでも痛みや不安の軽減に貢献できればと思います。よろしくお願いいたします。

  • 看護師西村

    こんにちは、西村 恵都子です。私は19☆☆年に豊中で生まれました。
    その後、小学校への入学を機に自然豊かな山里へ移りました。

    飼い犬をお供に山々をかけめぐり、野生の猿やキジにも出会うこともしばしば・・・。
    まるで、女の子ですが、☆太郎のように・・・。

    そして、その後何十年、今でも昔のように犬を連れて山を散歩しています。
    変わったことと言えば、自分が年を重ねたことと、小型犬を抱っこして散歩しています。
    自然からもらえるエネルギーを少しでも他の人におすそ分けすることができればと日々感じながら、人とのかかわりを大切にしていきたいと思っております。
    よろしくお願い致します。

  • 看護師亀田

    看護師の亀田です。

    私は6歳の頃、腕を骨折し、入院した経験があります。
    親の付き添いのいない時間、寂しくてふいにナースコールを押し、「どうしたの?」と優しく声をかけ、何も答えない私の傍らにしばらく幼いながら、その時「なんて優しい人なんだろう。私も大人になったらこんなお姉さんのような人になりたい。」と思ったのが私が看護師になった原点です。

    家族の転勤のため、引越しを繰り返しこの大阪は、6か所目の居住地となります。人との出会いを人一倍経験している中で昨年、新たな出会いがあったのが千里ペインクリニックでした。

    今まで携わることのなかった緩和ケアに戸惑いながらも、先生や先輩ナースの患者さん・ご家族との関わり方、姿勢、眼差しを見て学び、少しでも成長できるよう日々励んでいます。

    痛みの原因には身体だけではなく、精神的な要因も関係するといわれています。いつかの看護師さんのように「あなたが来てくれて安心した」あなたなら話せる、頼みごとができる」と思われるような、患者さんに寄り添い信頼される看護師になれることが目標です。

  • 看護師河野

    看護師の河野です。

    私はクリニックに勤めて3年目になります。
    その間に結婚、出産し、今育児と奮闘しながら働いています。
    趣味はバレーボールとボウリングで、ママさんバレーのチームに所属しています。
    今は育児のためお休みしていますが、基本的に体を動かすことが好きです。
    ボウリングも最近は行けていないので、通勤中やちょっとした時間は携帯のゲームをして楽しんでいます。

    私が千里ペインクリニックに務めたのは、過去に痛みと不安を経験したからです。
    私の経験では痛みが続くと、すごく不安な気持ちになりました。
    入院生活も経験し、そんな中でいろんな看護師さんと接し、自分の不安な気持ちを素直に話せる看護師さんと出会えた時はすごくうれしかったです。
    だから私も出会えてよかったと思える看護師になれたらいいなと思っています。

    クリニックには様々な痛みで苦しんでいる患者さんがたくさん来られます。
    少しでも痛みと不安を取り除くことができるように患者の気持ちを安らげる看護していきたいと思っています。

    アマニカスでは痛みから少しでも離れられるように地下のホールでカラオケを時々行っています。
    私もよくカラオケに行ってまして、大きな声で歌うとストレス発散になりとても楽しいです。
    私より年配の方が多いので、演歌やみんなが知っている曲のレパトーリーを少し増やしています。

    入居されている皆様に、少しでも穏やかな時間を過ごしていただけるようサポートしますので、よろしくお願いします。

  • 看護師内海

    三重県で生まれ、転勤族の主人と結婚し、この春に横浜より豊中に移って参りました。看護師になって14年。以前はまさか自分が看護師になるとは想像もつきませんでした。銀行に入行し、結婚し、長女を授かり幸せな順風満帆な人生と感じていました。ところが、人生というのは何があるか分からないものです。突然母子家庭となり、この先どうしたらいいのか途方に暮れていた時に周囲のアドバイスより看護学校に入学いたしました。こんな私に看護師なんて勤まるのか半信半疑のまま学生生活がスタートしました。勉強していく中で、徐々に看護の仕事の奥深さ、やりがいに引き込まれていきました。志望動機は、子どもを育てる為という不純なものでしたが、今は看護師の仕事に誇りを持ち、日々やりがいを感じています。離婚で全ての自信を失ってしまい、どこに進んでいったらいいのか分からなくなっていた私の一筋の光がこの仕事でした。これまで出会った患者様、支えてくれた周囲の方々には感謝の言葉しかありません。
    これからも日々勉強、頑張っていきます。よろしくお願いいたします。

    趣味

    ドライブ・音楽鑑賞

  • 看護師

    看護師の林光です。
    漢字だけ見ると、中国の方に思われそうですが、『はやしさかえ』と申します。純国産です。
    出身は浜松市です。大学病院で、様々な経験をさせていただきました。4年少し、病棟と外来で働き、その後豊橋へ引っ越しまして、今度は透析のクリニックへ勤務し、フットケアに出会いました。始めてみると奥が深くて、勉強の大切さにも気付きました。爪切りやタコ、魚の目、角質除去などの処置だけでなく、患者さんへの教育なども行っていました。次第に、マッサージなども、ちゃんと勉強したいなと思うようになりました。
    6年ほど豊橋で過ごし、現在の大阪へ夫の転勤で引っ越して参りました。これはいい機会と、リフレクソロジーの学校へ通い、資格をとり、ボランティアで千里ペインクリニックへ来させていただくこたになり、そのご縁で、看護師としてお世話になることになりました。
    自分の勉強したことが、患者さんの痛みを軽減することに少しでも役立てるように、これからも勉強し続けて参ります。
    よろしくお願いいたします。

  • 助手S.Y.

     私は戦後生まれのS.Y.です。早や60代半ばとなりました。
     でも、戦後の“せ”も感じることなくしっかり者の姉・優しい兄を持つ末っ子として大阪で生まれ育ちました。
     一番古い思い出は 幼稚園時代。右と左を間違えてはいた長靴のことでからかわれ、また足の裏にマメができた等で夏休み前後に中退。
     小・中学は普通の子だったかな? 勉強はあまり好きではなかったので成績は普通。気の進まない高校進学だったけど、153cmながらもバレーボールクラブに入部し、近畿大会へ。またユニークな友達と出会えた事等楽しい学生時代を。
     就職は2~3ヶ所転々としながらやりがいのある仕事に就けたのはラッキー。
     旅先で知り合った夫との結婚は40年超えとなり、見知らぬ所をブラつく旅を時々しています。二人共尚健康でいられているからでしょう。
     結婚している子達、自立している子、子供三人は大阪を離れ住んでいますが、メール・スカイプで、一緒に住んでいる頃よりも話ができるように。
    (離れている方が互いを思いやる気持ちを表現しやすいのかなァー)
     努力していることは“刺激されてもいら立たず、つまりすぐに反応してしまわないこと。
     難しいですね~。

  • 助手H.S.

    私は千里ペインクリニックの2,3階にあるアマニカスで看護助手の仕事をしています。

    介護士の資格を持ち、ずっと高齢者施設で仕事をしてきましたが、数年前に身内を癌で亡くしました。当時は癌に対する知識もなく、最期を迎えるまでのケアが最善だったのか、わからないままです。

    その時わからなかった「癌に対する知識」や「ケア」を勉強したくて、ここで働いています。
    介護助手は看護師が行う医療行為以外の業務(食事介助、入浴介助、排泄介助、環境設備等)をサポートする仕事ですが、その他にもゆっくり時間が取れない看護師に代わり、不安や悩みを持った患者様に寄り添い、話を聞く事で苦しい病気との闘いの中で少しでも安心感や安らぎを感じて頂けるような精神的なサポートも看護助手の役割だと思っています。

    また癌患者様のそばにいて、体力的にも精神的にも辛い思いをされている家族の方々の支えとなり少しでも力になれるような看護助手を目指しています。

事務 (7人)
  • 事務N

     子どもの頃、緑豊かなこの街で走り回って遊んでいた私ですが、学生の時引越し、その後結婚、転勤でこの地を離れていました。偶然にも二十数年ぶり地元へ戻り、変わらぬ千里川の風景とすっかり様変わりした街の様子に懐かしさと新鮮さの入り混じった楽しい毎日を過ごす中、こちらのクリニックで務めるようになりました。

    20代後半で腰を痛めて以来、いつ襲ってくるかわからない激痛に怯えながら長年生活をしていますが、こちらで勤務するようになり一度も痛みに苦しむことがなくなりました。これはいざという時、先生に診ていただこうという安心感からなのか、気さくで温かいスタッフにかこまれストレスなく過ごしているからなのかは、わかりませんが・・・
    生活をする中で、身近にペインクリニックがあるということは心強いことだと思います。そのペインクリニックの一員として、痛みを抱えながら来院される方が安心して治療に専念できるよう、少しでもお力になりたいと思います。
    気がかりなこと、ちょっとお話し相手に、いつでもお声かけください。

     お休みの日はおいしいパンを探し求め、どこまでも自転車をこいでいます。
    おいしいパン屋さん情報、お待ちしています。

  • 事務H

    はじめまして。
    私は受付事務を担当しているパート職員です。
    本業は2人の娘の“お母さん”です。1日の始まりは娘のお弁当作りです。同時に洗濯機を回し、朝食を作り、娘たちを学校に送り出し、やっと自分の身支度です。すっぴんでは歩けませんから、ここは丁寧に!
    クリニックに到着すると仕事モードに切り替えです。制服に着替えると自然と背筋も伸びます。診察券を出しにカウンターへ来られた患者さんとあいさつを交わし、時には会話が弾むこともあります。治療後、会計などすべてが終わるまでにお待たせする事も多いのですが、私の「お大事に」の言葉に「ありがとう」と返して下さった時にはとても嬉しい気持ちでいっぱいになります。
    受付が無愛想で怖い顔をしているクリニックには私も行きたくありませんので、明るい応対を心がけています。明るく笑顔でいるために、プライベートでは友人とランチをしたり、好きなアーティストのコンサートへ行ってリフレッシュしています。家族の協力のおかげで結構な回数で行っています。チケットやグッズ、DVDなどリフレッシュするにもお金がかかります!しっかり働かなくっちゃ。これ以上語ると「誰が興味あるねんっ」とツッコミが入りそうなのでおしまいにします。

  • 事務M

    医療事務という全く未知の世界に飛び込んだのは「興味本位」という単純な理由でした。元々趣味は多く、旅行や手芸や料理や運動まで、「浅く広く」をモットーに何でもやってみたい性格な私。それまでとは全く違った仕事をやりたいという好奇心からのチャレンジでもありました。

    そんな中スタートしたクリニック勤務。こんなに忙しいものだとは思わなかった~!というのが最初の印象でした。医師や看護師を支える裏方の事務ですが、知れば知るほど奥が深いと感じています。患者さまとの出会いから学ぶものも大きく、やりがいのある仕事です。さらに、一般的な医療事務に加えて、ここではJAZZライブやカフェ等のイベント開催など、バラエティ豊かな業務もあり、多趣味は私にはぴったりだと実感しています(笑)。

    普段は元気いっぱいな私ですが、少し前に突然体調を崩し、クリニックで初めてブロック注射を体験しました。ドキドキしながらベッドに横になっている時の処置室は、職場として見慣れているものとは別の空間に感じました。きっと患者さまもこんな不安な気持ちなんだろうな~と。幸い何度かブロック注射を受けてすっかり元気になった私は、スタッフであると同時に一人の地域住民としても、このようなペインクリニックの存在がとても心強く感じました。

    痛みを抱えて不安な患者さま、早めの相談が気持ちを楽にさせます。どうぞお気軽にお問合せくださいね。  

  • 事務U

    風邪をひいたら、骨折したらと、明確な症状で受診する他のクリニックと違い、ペインクリニックには本当に様々な理由の様々な痛みで患者様が来院されます。
    患者様と接して初めて知ること、ようやくわかることも多く、自身の無知と勉強不足を反省する日々ですが、
    治療のあと、お帰りの際に「おかげで楽になったわぁ。ありがとう」と、笑顔を見せてくださると「あぁ よかった」と本当に嬉しくなります。
    もちろん事務スタッフはDr.やナースのように直接患者様の治療に携わるわけではありませんが、だから少しでも自分のできることを。
    落ち着いた待合室と、穏やかで丁寧な窓口の対応を、心がけていきたいと思っています。

  • 事務Y

    受付では不安で心細く来院された患者様と最初に接する役割を担っています。
    表舞台に立って活躍する医師や看護師に比べると目立たない仕事かもしれませんが千里ペインクリニックの縁の下の力持ちのような存在になれたらと思っています。

    患者様が何を求めているのか?
    その時に何を優先してやるべきなのか?
    そういった細かいことに気づき持ち前の明るさと笑顔で対応をいたします。

    趣味

    海外旅行・ピアノ

    苦手

    足が6本以上ある生物

食事係 (8人)
  • 市山

    千里ペインクリニック アマニカスに入居されている皆様に
    食事を作っています 市山です
    「食」は「いのち」を支える源であり、一日たりとも欠かすことが出来ない生活の基本です。
    食事の楽しみが生きる喜びに変え、生きる力を生むものであり、健康になる体力をつけ、元気な笑顔になる源となるものだと思います
    又 入居治療生活の中で大きな楽しみでもあります、一日三度の食事を楽しみにして頂けるよう日々頑張っております。
    季節感を感じていただけるように、出来るだけ旬の食材にこだわり冷凍食材をできるだけ避け、生の食材を使用して家庭的で、
    薄味で素材の味を感じられ栄養的にもバランスの良い料理を提供できるように頑張っております。
    入居されている皆様の体調で、嚥下困難・咀嚼困難の高齢者向け食事サービスにも食事の満足、美味しかったと言う
    感動の意味を常に考えて工夫をしております。 ギザミ食 とろみ食 ペースト食など工夫して患者様に美味しく食べていだいて、栄養を付けて元気になっていただきたいと願っております。

  • K.A.

    97才、自宅で亡くなった母の長い介護経験を基に、母ならどんな風にしたら食べてくれるか等を思い出しながら、入居さん本人の気持ちに添って調理に携わっています。
     食欲不振の方にも少しでも食欲が増すように柚子・すだち・レモン等の香り付け、とろみ付け及び食品選び等も工夫を心がけています。
     いずれ廻って来るであろう自分自身を重ね合わせて日々精進努力に努めて参ります。

  • M.S.

    日々、入居者の皆様に心地よく過ごして頂けるよう、心をこめてお食事の用意をさせていただいています。
    お食事についてお礼の言葉をいただくこともあり、やりがいを感じる毎日です。

    先生方はじめ、看護師さん、スタッフの皆さんが、明るい笑顔でてきぱき仕事をされているのを見ると私も見習って頑張ろうと思います。

  • M.U.

    入居者の方が飽きず、毎日、食事を楽しみにできる食事の提供を心がけています。
    提供したお食事に全然手がつけておられない方がおられると、体調が心配になって、だいじょうぶかなぁ~と気になります。完食された方は、今日もお変わりなくお過ごしされるのかなと、ほっとします。
    食事がおいしくなければ、カラダもココロも健康になれないのでは・・・。おいしい料理が入居者の方の前向きな気持ちにつながるように、おいしいお料理を提供したいと心がけております。

  • K.N.

    私は60歳と年齢はいっていますが、まだまだ元気一杯!!で人のお世話が出来ればと1年前よりペインクリニックに食事係として勤めることになりました。
    調理師さんと共に食事の用意をしていますが、調理師さんの多彩な食事作りにはびっくりしました。
    患者さんそれぞれの体調や好みに合わせて作られる様子には、私にとってすごく勉強になっております。患者さんにとって食事は大切かつ楽しみでもありますので、これからも少しでも患者さんに喜んでもらえるよう、調理師さんと共にお世話していきたいと思っております。